葛根湯は葛根、麻黄(まおう)、桂枝(けいし)、生姜(しょうきょう)、白芍(びゃくしゃく)甘草(かんぞう)、大棗(たいそう)、の七種類の生薬によって構成されています。
これらの生薬のうち、葛根、麻黄、桂枝、生姜の四種類は、その主な効能から解表薬(げひょうやく)と呼ばれます。解表薬によって、体表の気システムに生じた、気の流れの欝滞を解消します。このように解表薬が多数配合されていることから、葛根湯が解表作用によって、気システムの支障を改善する解表剤であることが理解できます。
風邪の引き始めは、首や肩やその周辺がうそ寒く、悪寒といってぞくぞく寒かったり、くしゃみや鼻水などが出たりします。この部位は外気に触れやいだけではなく、冷えを感じやすい場所です。
一般に風邪の始まりは、この領域の気の流れに異常が発生すると推定することができます。気の流れの異常は、血液や体液の流れに波及していきます。
他方、肩こりは、首や肩などの気血水の異常な状態から生じてくると捉えることが可能です。
このように、風邪の引き始めと肩こりは、漢方的には同じ領域の同じ病態に起因する病状です。つまり「葛根湯の証」と呼ばれる病状に相当します。
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ごく初期の風邪に効く葛根湯に対して、小柴胡湯は長引いたとき、あるいは風邪の治り際によく服用されます。
前項で述べたように、葛根湯は風邪の初期に生じる、頚部や肩付近の気滞を解消します。
これに対して、小柴胡湯の主薬は柴胡です。柴胡も葛根と同じ解表薬ですが、柴胡は胸脇苦満という、肋骨下縁から前胸部にかけての病状に有効です。
このことから、柴胡が遷延した風邪に有効であるならば、風邪が長引けば、胸部の気の流れに気滞が発生してくることが推量されます。
柴胡を中心に、半夏(はんげ)、黄岑(おうごん)などの配合された漢方薬を柴胡剤と呼びます。柴胡剤は、胸脇苦満を目標に処方されます。先ほど触れたように、胸脇苦満とは、肋骨下縁から胸部にかけて張ったように苦しい、時には押すと痛みを感じる、こんな状況です。
代表的な方剤として、小柴胡湯と大柴胡湯を挙げることができます。
このような方剤を処方する場合、胸脇苦満ととも、いろいろな症状が表れて来ますが、それぞれの証の違いを、大きく次のように区別することができます。
「小柴胡湯は体力が少なめの人の胸脇苦満、大柴胡湯は体力のある人の胸脇苦満」。
このように、体力が中程度かそれ以下であれば小柴胡湯を処方し、体力がしっかりある場合に大柴胡湯を処方します。両者の証の大きな相違は体力の程度です。
これらの証の違いは、それぞれの生薬構成の違いに由来しています。したがって、生薬構成を調べて証を検討することにより、逆に生薬をどのように組み合わせれば、どのような証を生み出すことができるかを類推することができます。
小柴胡湯の生薬構成を改めて述べると、次のようになります。
柴胡、半夏、黄岑、大棗、生姜、人参(にんじん)、甘草です。他方、大柴胡湯の生薬構成は柴胡、半夏、黄岑、大棗、生姜、大黄(だいおう)、枳実(きじつ)、白芍です(それぞれの分量については、この際問わないことにします)。
両者に共通する生薬は、柴胡、半夏、黄岑、大棗、生姜であり、この五者によって、証の共通部分である胸脇苦満に対応していると考えることができます。
それ以外の互いに異なる生薬構成によって、それぞれの効能の違いが生じています。両者の違いは、小柴胡湯には前五者の他に人参と甘草が配合されており、他方大柴胡湯はこの二者を欠き、その代わりに大黄、枳実、白芍が配合されていることです。
小柴胡湯に配合されている、人参と甘草は、以下の項で述べるように、体力を増強する補益薬です。小柴胡湯は、体力が低下傾向を示す場合にもよく使われており、その理由がここにあります。
大柴胡湯の場合は、体力がたっぷりある人に使いますので、補益の必要はありません。逆に、滞留している余計な気エネルギーや体熱を、もっと強く除くことが大切です。胸部に欝滞している気滞を解消するだけに留まらず、消化管や肝臓などに有り余っている気の貯留を取り除き、気システム全体を改善することが要求されます。
このために、大黄、枳実、白芍が配合されています。
厚朴(こうぼく)という生薬は前胸部〜上胸部を中心として、気の流れを改善します。厚朴は行気薬(こうきやく)などと呼ばれています。
厚朴が主要な役割りを演じる半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)は、梅核気(ばいかくき)という病態に、特徴的に有効であることが知られています。
春先になると、痩せぎすの女性の中に、動悸がしたり、喉の付近に、何かがつかえているように感じて、得体の知れない不安感に襲われる、そんな人が表れます。
こんな状態を梅核気と呼びます。喉に梅の実の核である種がつかえて、飲み込むことも吐き出すこともできない。このような梅核気に、半夏厚朴湯が著効を示すことが少なくありません。
このようなケースで、現代医学的に食道、気管、咽喉部を内視鏡などで検査しても、異常を認めることはまずありません。
それなのに、なぜこのような異和感に襲われるのでしょうか。ただの不安感だけなのでしょうか。
病気としては確認することができないけれども、何か普段とは異なる。このように考えることができます。
それでは、病気ではないけれども、普段とは異なる状態とはどんな状態でしょうか。
漢方医学では、病気と正常との間に、気血水の異常という病態があります。肉眼で確認できる以前の異常であり、このような異常を漢方では、未病(みびょう)と呼びます。
虚証とは体力のない人の全身性の病態を指し示しているわけですが、その特徴の一つは胃腸障害と冷えです。
ここで取り上げる人参湯は、胃腸障害と冷えと体力低下に効果があり、虚証用の代表的な方剤です。
人参湯は、体力が低下して、元気がなく手足などが冷えやすく、胃腸虚弱、下痢、嘔吐、胃痛などがある場合に処方されます。人参湯は、人参、白朮(びゃくじゅつ)、甘草、乾姜(かんきょう)の四種類の生薬によって構成されています。
この内、人参、白朮、甘草の三種類は、いずれも脾や胃に効果を発揮しますので、脾と胃、つまり胃腸やその他の消化器官の働きを賦活します。消化器官に対する補益薬(ほえきやく)です。
補益薬は虚証に対して用いられます。虚証は体力が低下し、不足している状態を指しますので、補益とは体力を補う、益する、増やすという意味になります。
そこで人参湯は胃腸の力を強化して、体力をつける補益剤です。
胃腸の力が強化されれば、食欲がない、下痢に悩まされている、時々お腹が痛む、いわゆる胃弱であるといった、さまざまな胃腸の症状を軽減することができます。
それでは、その他の元気がない、冷え性などの全身の症状に関する効能はどのように説明されるでしょうか。
まず乾姜は体を温めます。温まることで、体と心が癒されます。
次に、胃腸の力が強化されることによって、より多くの栄養分を消化吸収することができます。
さらに古代特有の考え方によれば、脾胃(消化器官群)の働きにより、食べ物が消化吸収される過程で、気というエネルギーが発生します。そこで、胃腸の機能が強化されると気の発生量が増えます。そして、経絡を通じて全身に供給される気エネルギー量が増大し、より直接的に強力に体力が増強されます。
その結果、低下した体力が補益されて元気が涌き、冷えが軽減します。
乳がんを手術する場合、近年になって乳房温存療法が開発されました。
それ以前は根治的な術式として、乳房だけではなく、その内側に存在する大胸筋などを含めて、大きく切除する方式が取られていました。
このような手術の場合、後遺症として患側の腕にむくみが生じ、時には腕が丸太ん棒のように、ぱんぱんに膨れ上がることがあります。
この後遺症に対しては、多くの場合、気血水のうちの水の異常と判断されて、五苓散や柴苓湯など利水作用を目標とする漢方薬が処方されますが、なかなか軽快しにくいことが少なくないようです。
水システムを改善する生薬を利水薬(りすいやく)と呼びます。代表的な生薬には、茯苓、猪苓(ちょれい)、沢瀉(たくしゃ)などがあります。その帰経(きけい・どの臓器に有効かということ)の多くに腎や膀胱を含み、これらの臓器に作用して利尿に近い効果を上げたり、水分代謝や分布などを是正する作用があると考えられていたことが分かります。
しかしこのような浮腫は利水作用を増強するだけでは、なかなか軽快しません。
水システムの異常は血システムを通して改善されるため、むくみなどの水滞を、一旦血システムの内部に導入するとともに、血システム自体も是正する必要があります。術前に発生していた気血水システムの異常の上に、さらに手術によって侵襲を受けるため、一時的にしろ異常が局所的に増悪します。
そのため、上記のような各種の利水薬を多用するだけではなく、桂枝茯苓丸などの理血剤(血システムの支障を改善する薬剤)や、各種の理血生薬を併用し駆使して、血システムの各種の異常を解除しなければなりません。
また術後は患部の筋肉がひきつれなどを起こして、血管などを圧迫しますので、筋肉の緊張をやわらげる生薬などを併用します。
以上のように漢方診療は、眼前の症状や局所の所見だけにとらわれることなく、現代医学としての診断や治療方法を踏まえつつ、全身状態や気血水システム全体を見失うことなく、治療を進めていくことが肝腎です。